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人類最初の太平洋無着陸横断の記録〜 No.5

立川から淋代海岸へ

修理とファイアーウォール下への補助タンクの搭載がほぼ終了して、立川から淋代へ向かう前のスナップ。
しかしまだ世界初の太平洋無着陸横断飛行を成功させるためには、数々の障害が残っていた。まずベランカは大量の燃料を積んで離陸するために、かなり長い滑走が必要であった。この問題をクリアするために、東京から200マイル北に離れた約8,000フィートの距離を持つ、淋代海岸からスタートすることを決めた。しかしながら次の問題は、パングボーンの計算によると、たとえ大量の燃料を積んであったとしても完璧な飛行条件でなく、何かあった場合には充分な航続距離が保てないことであった。そこでパングボーンは、離陸後ベランカのランディングギア(車輪及びストラット)を落とすことができる仕組みを設計し、立川飛行場で日本側の厳しい監視の目を盗んで、秘密裏に改良を加えた。また胴体着陸に備えるための補強材の装着などは、日本に滞在していたアメリカ人たちの協力を得て行った。これにより時速15マイルほどスピードを上げることができ、40時間のフライトで約600マイルの距離を伸ばす準備ができた。1931年9月29日に立川を飛び立ち、淋代海岸へと向かった。このときでさえ太平洋岸を陸地から50マイル離れて飛ぶことを条件に、飛行を許された。

ルートマップの紛失

Sperry社水平ジャイロ機器修理に関して、三井物産・広中氏から送られた1931年10月7日付書簡。
淋代海岸では三沢村の小比類巻家を中心に、多くの日本人が滑走路に傾斜をつけ、坂の上から離陸を開始するための準備を手伝った。(この滑走路は1930年9月にブロムレイとガッティ(H.Bromley & H. Gatty)がCity of Tacoma号で、ここから太平洋横断に挑戦するために作ったものであった。この挑戦は結果として、失敗に終わっている。パングボーンたちが最終的に機体と滑走路をチェックしていた9月30日に、機体の改造部分が日本側に発見されてしまったが、東京の航空局が閉まったあとであったため一難を免れた。さまざまな苦難の後10月1日にフライトの準備は全て整ったが、ここで大事なルートマップとチャートが無くなっていることに気づいた。噂によると、フライトを妨害しようとしていた急進的国粋主義者により盗まれたらしいとされているが、真実はわからない。パングボーンは再度ルートマップやチャートを作り直し、日本政府がフライトを許可するという考えを変えないうちに出発できることを祈った。しかし天候状態が良くなるまで、数日待たされることになった。


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